• 2018-07-01
ウズマスター戦記
ウズマスター戦記 https://www.uzumax.org/2018/07/20187.html

致知 2018年7月号「人間の花」読書感想文 後編

人間学を学ぶ月刊誌「致知」は当たりの月とハズレの月の落差が激しいのだが、今月は当たりの月だ。

前回から続きの後編です。

致知 2018年7月号「人間の花」表紙

挫折を愛する

やっぱ松岡修造ともなれば言うことが違ってくるな。
僕は「七転び八起きが大事だ」くらいは言えるけど、挫折を愛するとまでは言えません。

分不相応感があるからな。

言葉ってのは「自分ならこれくらい言えるぜ!!」って所に精神が到達しないと出せないでしょ。

僕は僕で、僕以外には出せない名言を出せるようにならねばならんな。

仕事にも人生にも締め切りがある

道場六三郎は若い頃に様々な創意工夫を行っていたそうだ。
これは僕だって負けてないぞ。

僕だって新人の頃は最初にJavaを勉強し、Javaを勉強しているうちに実際に必要になるプログラミング能力はJava本体ではなくライブラリの仕様への理解であると悟り、その時はStrutsを勉強したが、システムのネックになっているのはStrutsではなくHibernate部分だと理解し、Hibernateを勉強したもののそのシステムのDB設計がHibernateに不適切だから話にならず、ネイティブSQLの技法で乗り切らねばならず、処理速度高速化の為には合わせて当時新登場したAjaxと組み合わせた手法を編み出し……。

と自分が行った創意工夫はすぐ出てくる。

僕だってちゃんとやってんだ。フフッ。

才能のなさをバネに

松岡修造は小さい頃は余りテニスの才能が無かったが、それでも続けてプロで成功したという話だ。

これはどうなんだろうな。

僕は今のシステムエンジニアという職業に才能があると思ってやっているから、才能の無さをバネにって経験は全然無い。

僕は「自分には才能がある」と思ってる方がバイタリティが上がると思うのだが、松岡修造のように「自分には才能が無い」と思いながら頑張れる人もいるのか。

覚えておこう。

人生を変える魔法の言葉

スポーツ選手は「メンタルトレーニング」をやってるのか。
普通のサラリーマンの100倍はキツそうな世界だから、さもありなん。

毎朝毎晩、鏡の前で自分に向かって念仏を唱える。

狂気。(;´・ω・`)

でもこれって確かに効果はあるだろうな。

僕の場合はね、このブログなわけよ。

致知を読みながら、「自分ならこうする」「これは凄い」「これはアカン」「自分も負けていない」とウンウン考えながら何時間も記事書いている。

ブログ執筆が僕のメンタルトレーニング手法だ。

メンタルトレーニングは人によって相性があるだろうから、自分に向いたメンタルトレーニング手法を編み出すのが大事になってくるだろう。

人間の花をどう咲かせるか

前後編に渡る長い記事になったが、遂にまとめだ。

アイデア、創造力を出すには必死さが大事。それには崖っぷちに立たされる状況になることが必要で、崖っぷちの時こそ自分の心の声に従って嘘や後悔が無いよう行動するのが寛容だ。

なるほどな。
だが問題は、自分から好きで崖っぷちに行く馬鹿はおらんということだ。
むしろ崖っぷちに追い込まれないように周到に計算して生きてるから、不可抗力で追い込まれない限りそんな事態にはならんよ。

崖っぷちなんて状況はそうそう発生しない。
食い詰めてる戦後みたいな時代じゃないんだ。

と思いがちだが、実はシステムエンジニアを長くやってると、その不可抗力による崖っぷちという状況が希によく発生する。

この前のプロジェクトも核兵器のように炎上したからな。何人倒れていなくなったか分からん。僕も背中が謎の筋肉痛になったりして大変だった。

あの時は大変だったが、今になって考えると良い経験になった。

つまるところ、大炎上、崖っぷちという状況はむしろチャンス。
プロジェクト大炎上は貧乏くじを引かされたのではなく、貴重な経験をする好機に恵まれたということよ。

好きでプロジェクトを大炎上に追い込んでいるわけではないが、追い込まれてもそれはそれで別の醍醐味がある。

状況が劣悪になっていく程に戦闘意欲を向上させていく精神こそが真骨頂!!

と考えると、僕って結構致知に適合してるよね。

読書感想文を書いている僕だが、僕はむしろ致知から取材を受ける側の人間を目指さねばならんと思う。

終わり。

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